短編小説:時をかけたい正司

「緊急を知らせる信号を検知したため、緊急停車致しました。」

そのアナウンスが流れた中央線快速電車は東京駅の手前でもう15分程停車している


社会人5年目の12月10日。

好きな人とデートする約束を取り付けることに成功した正司は

今日、告白をすると心に決めていた。


お店の予約は19時


正司は焦りながら時計を確認した。

18時52分


「安全の確認が取れましたので、運転を再開いたします。」


よしっ!走れば、間に合う


そう思った正司は

電車のドアが開いた瞬間に思いっきり走り出した。


ワイヤレスのヘッドフォンからは

奥華子の『変わらないもの』の前奏が流れ始め、

より一層会いたい気持ちになった。


エスカレーターを駆け下り、

観光客が写真を撮っている駅前の広場を駆け抜け、

丸の内ビルの中を通過し、

そして、うす暗い電灯が灯る石畳の通りへ出た。


チェスターコートを靡かせながら走る様は、

まさに恋愛ドラマ・映画の主人公が

恋人を追うのと同じようだ。


ちらっと時計を確認すると


18時55分


「いけるなっ!」

と正司はつぶやいた


それから、さらにスピードを上げ走り始めた。


「うっ!!!」


正司の右足の先端が見事に石畳の凹凸に引っ掛かり

慣性が働いている正司の体は、勢いよく宙に浮いた。

正司の見ている風景はスローモーションになると共に

反射的に目をとじた。

正司は走馬灯をみた。


女性と出会った日。

女性と初めて出かけた日。

LINEの返信がなくて眠れない日。


そして家を出る前に

youtubeで面白い動画を見てしまったために

出る時間が10分遅くなった正司だ


ぼそっと

「まだ余裕やん。10分前には到着できるな。。。」

とつぶやく正司。


まさか、あの10分動画を見ただけで、、、

自業自得だ!!

あの時、我慢していれば、、、

そうだあの時、、、


はっ!!この走馬灯を見るパターン。。。

時をかける少女のシチュレーションと同じだ!!


後悔が渦巻く中、

正司は心の中で叫んだ


『いっっけぇぇ~』


イヤフォンから流れていた『変わらないもの』が響き渡っている


誰かに肩を叩かれていることに気づき

目を開けると


クリスマスイルミネーションが輝き、

カップルが行き交う良い雰囲気の丸の内で

人生初の華麗なヘッドスライディングを決めていた


も、も、もしかして過去に戻った?


と冗談を思いながら立ち上がり

恥ずかしい状況から逃げ出したいため、

スマホとイヤフォンを拾いその場を去った。


不意にスマホをみると告白する女性からLINEが届いていた。


『何も連絡ないけどまだ着かないの?』


正司は、

「えっ?まだギリギリ時間には合っているはず」

と思いながらも返信を打っていた。


『ごめん!

もうすぐ』


とLINEを打っている途中に

受信時間に目がいった。


19時10分


正司は息を吸いながら


「はぁっ!!」


と声を上げた。


正司は数分気絶していた。

クリスマスでにぎわう人々には傍観者効果が生まれ、

誰も声をかけることをしなかった。


やっと声をかけられたのが

19時10分であった。


「完全なアウトじゃんか!!」


そうして走り始めた正司は

結局、お店に15分遅れて到着した。


「ごめんなさい、、、

過去には時をかけられなかった。。。」


正司の杜撰な言い訳は

彼女の心に届くことなく、


冬の寒い空気に消えていった



『時をかけたい正司』


出演者


正司


告白される女性



音楽協力


『変わらないもの』

作詞・作曲 奥華子



撮影(していない)協力


JR東日本


丸の内ビル


三菱地所



私 監督


🄫『時をかけたい制作委員会』    映倫

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